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最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)84号 判決 1992年11月16日

上告人 中塚和子

同 中塚史朗

同 中塚正樹

右三名訴訟代理人弁護士 脇田忠 藤川成郎

被上告人 荻窪税務署長 藤上治

右指定代理人 加藤正一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人脇田忠、同藤川成郎の上告理由第一点について

原審の適法に確定した事実関係の下において、本件土地の遺贈に対する遺留分減殺請求について、受遺者が価額による弁償を行ったことにより、結局、本件土地が遺贈により被相続人から受遺者に譲渡されたという事実には何ら変動がないこととなり、したがって、右遺留分減殺請求が遺贈による本件土地に係る被相続人の譲渡所得に何ら影響を及ぼさないこととなるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

被相続人のした本件遺言が相続分を指定したものとは解されないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、結論において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官大堀誠一の補足意見、裁判官味村治の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官大堀誠一の補足意見は、次のとおりである。

私は、多数意見に同調するものであるが、裁判官味村治の反対意見にかんがみ、そこで指摘されているいくつかの問題点について、多数意見の考え方を補足して説明しておきたい。

一 遺贈に対する遺留分減殺請求について受遺者が価額による弁償を行う場合、その価額弁償における目的物の価額算定の基準時は、味村裁判官の意見で指摘されているとおり、現実に弁償がされる時と解すべきである。このことからすると、この場合には、法は価額弁償時において遺贈の目的と弁償金とが等価で交換されるということを予定しているのであって、遺贈の目的は、相続開始時に被相続人から受遺者に移転するのではなく、価額弁償の時点で遺留分権利者から受遺者に移転するとする考え方にも理由がない訳ではない。しかし、右のような考え方よりも、遺留分の減殺請求がされたことによりいったん失効した遺贈の効果が、価額弁償によって再度相続開始時にまで遡って復活し、遺贈の目的が被相続人から受遺者に直接移転することになるとする考え方の方が、価額弁償の効果について定めた民法一〇四一条一項の規定の文言にも、遺贈の遺言をした被相続人の意思にもよく合致し、また、法律関係を簡明に処理し得るという点でも優れているものといえよう。価額弁償の価額算定の基準時の点については、公平の理念に基づく実質的な配慮から、特に現実の価額弁償時の価額をもって弁償を行わせるべきこととしたものと考えることで足りるものというべきであろう。

二 このように、価額弁償によって遺贈の効果が再度復活するものと解する以上、この場合の遺贈が所得税法五九条一項一号にいう遺贈に該当することは明らかである。また、価額弁償金の授受は遺留分権利者と受遺者との間で行われるにすぎず、譲渡所得税の納税義務者となる被相続人と受遺者との間における遺贈による資産の移転自体は何ら対価の支払を伴うものではないのである。

なお、味村裁判官の意見で指摘されているとおり、当裁判所の判例は、同法六〇条一項一号にいう贈与には贈与者に経済的な利益を生じさせる負担付贈与を含まないとしている(最高裁昭和六二年(行ツ)第一四二号同六三年七月一九日第三小法廷判決・裁判集民事一五四号四四三頁参照)が、右規定は、個人が贈与により取得した資産を譲渡した場合にはその者が引き続きこれを所有していたものとみなすこととして、譲渡所得税の課税の繰延べを認めるものであり、右判示は、贈与者に経済的な利益を生じさせる負担付贈与が行われた場合には、贈与者について譲渡所得税の課税が行われることとなり、右の課税の繰延べを認める必要がないという実質的考慮をその理由とするものである。これに対し、同法五九条一項一号に規定する法人に対する遺贈については、個人に対する遺贈と異なり、そもそも譲渡所得に対する課税の繰延べをすることができない場合であり、同号の規定がこの場合に遺贈のあった時における価額に相当する金額によりその資産の譲渡があったものとみなすこととしているのは、専ら、その時点までの資産の値上がり益を対象として課税するという譲渡所得課税の趣旨に照らして、その適正な課税価格を算出するためであるから、同号にいう遺贈を同法六〇条一項一号にいう遺贈と同趣旨に解すべきいわれはないものというべきである。

三 多数意見の考え方は、相続税との関係では、価額弁償が行われた場合であっても、本件の場合のように法人が受遺者である場合には、相続税法一条一号の規定により受遺者が相続税の納税義務を負うことはなく、この遺贈による収益に対しては法人税が課されることとなる(この場合、法人の支出した右価額弁償金の額は、法人税の所得計算上その支払の時の損金に算入されることとなる。)とするものであり、他方、前記のように遺留分減殺請求の効果が価額弁償によって遡及的に失われることとなる以上、遺留分権利者たる相続人も、その減殺請求の対象となった相続財産について相続税の納税義務を負うものではなく、受遺者から取得した価額弁償金についてのみ、これを相続によって取得したものとして、相続税の納税義務を負うとするものである。したがって、味村裁判官の意見がいうように、同一の財産が別人によって二重に取得されるという事態を生ずるものでないことは明らかである。この場合、遺贈者である被相続人には、遺贈の目的となった資産について生じた譲渡所得に対する課税が行われることとなるが、これは、その時点までに当該資産について生じていた資産の値上がり益を対象として課税が行われたというにすぎないものであり、遺贈によって資産を取得した法人に対してその資産取得による収益を対象として法人税の課税が行われることとの関係で、課税が重複して行われるものでないことはいうまでもない。

もっとも、遺留分権利者が受遺者から受領した価額弁償金が本来被相続人の財産には含まれていなかったことは確かであり、その額には相続時から価額弁償時までの資産の値上がり益も含まれていることにはなるが、相続財産についていわゆる代償分割の方法による遺産分割が行われた場合には、交付を受けた代償財産に対して相続税が課されることとなるものとして扱われているのであり、これと同様に、この価額弁償金について相続税を課することを認めて差し支えないものと考える。

裁判官味村治の反対意見は、次のとおりである。

私は、多数意見と異なり、原判決を破棄し、上告人らの本件請求を一部認容すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。

一 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

中塚ヒサは、本件土地を有限会社柿木荘に遺贈した。同人の死亡時の本件土地の価額は一億〇六三一万六九七六円である。上告人中塚和子、中塚昭子(上告人中塚史朗は昭子の承継人である。)、中塚孝子及び中塚鐡也は、昭和五八年中に、各人の有する各一四分の一の遺留分に基づき、それぞれ遺留分減殺請求をし、上告人中塚和子及び中塚昭子は同年一二月二一日価額弁償として各五〇〇万円を柿木荘から受領し、中塚昭子は昭和五九年五月一七日付けの契約に基づき価額弁償として一二〇〇万円を柿木荘から受領し、中塚鐡也は昭和五九年六月二二日に成立した調停において価額弁償として一八〇〇万円を柿木荘から受領することとなった。被上告人は昭和六〇年九月三〇日、本件土地の柿木荘に対する遺贈は所得税法五九条一項一号の遺贈に該当し、中塚ヒサ死亡時の本件土地の価額に相当する金額により本件土地の譲渡があったものとみなされるとして、所得税及び過少申告加算税を賦課する更正を行った。

二 遺留分権利者が受遺者に対して減殺請求をすれば、遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属する(最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日第二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁)。他方、受遺者は、減殺を受けるべき限度において、遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還義務を免れることができるが、その効果を生ずるためには、受遺者は遺留分権利者に対し価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず(最高裁昭和五三年(オ)第九〇七号同五四年七月一〇日第三小法廷判決・民集三三巻五号五六二頁)、その価額算定の基準時は、現実に弁償がされる時である(前掲当裁判所昭和五一年八月三〇日第二小法廷判決)。このように、受遺者が価額弁償をして遺贈の目的の返還義務を免れるには、減殺請求により遺留分権利者に帰属した権利の弁償時における価額を、その者に対し、現実に弁償するか、又は弁償の提供をすることを要するから、右の価額弁償をする場合には、遺贈の目的とされた当該権利は、相続時ではなく、価額弁償が現実に行われ、又はその提供が行われた時点で、遺留分権利者から受遺者に移転するというべきであり、遺贈により被相続人から受遺者に移転するということはできない。

したがって、本件において、上告人中塚和子、中塚昭子、中塚孝子及び中塚鐡也の遺留分減殺請求に係る本件土地の一四分の四の持分を柿木荘が取得したことは、所得税法五九条一項一号の遺贈による移転に該当しないというべきである。

三 多数意見は、右の価額弁償により本件土地が遺贈により被相続人から受遺者に譲渡された事実に何ら変動がないこととなり、遺留分減殺請求が遺贈による本件土地に係る被相続人の譲渡所得に何ら影響を及ぼさないこととなるとした原審の判断を是認しているが、二に述べたほか、次に述べる理由により賛成できない。

1 所得税法五九条一項一号に遺贈が掲げられているのは、遺贈が対価を伴わない資産の移転の事由の一つであるからであり、受遺者が遺贈の目的を取得するには対価の支払いを要する場合には、その取得は、同号の遺贈に当たらないというべきである。このことは、同項二号が著しく低い対価による資産の移転を掲げていることにかんがみても、肯定されるところである(最高裁昭和六二年(行ツ)第一四二号同六三年七月一九日第三小法廷判決・裁判集民事一五四号四四三頁参照)。ところが、右の価額弁償を行った受遺者は、遺贈の目的を取得するため、対価を支払っているのであるから、右の取得は、同号の遺贈に該当しないというべきである。

2 多数意見のように解すると、相続税との関係で問題を生ずる。すなわち、多数意見のように、本件において、受遺者は遺贈によりその目的を取得するとするならば、減殺請求により遺留分権利者に帰属した権利は、相続時に遡って消滅し、相続時には存在しないといわなければならないが、その結果、相続人として遺留分を有しその権利を行使した者に相続税が課されないという不合理な結果を生ずる。この不合理な結果を避けて、右の権利は遺留分権利者が相続により取得した財産として相続税が課されると解すると、右の権利は、譲渡所得税の関係では相続時に存在しないとされ、相続税の関係では相続時に存在するとされることとなり、論理の一貫性を欠き、税法上、同一の財産が別人によって二重に取得されるという不合理を生ずる。また、遺留分権利者が受遺者から価額弁償として受領した金銭は、減殺請求により遺留分権利者に帰属した権利の対価であるから、多数意見の立場に立ちながら、これを相続税の課税対象とすることについては、右に述べたところと同じ批判が妥当するばかりでなく、そもそも、右の金銭は、相続の時点では被相続人の財産に含まれていないし、その額には相続時から弁償時までの値上がり益も含まれているから、これを相続税の課税財産とすることができないことは明らかである。

四 したがって、原判決は、所得税法五九条一項一号の解釈を誤っているので、これを破棄し、上告人中塚和子、中塚昭子、中塚孝子及び中塚鐡也の遺留分減殺請求に係る部分に関する上告人らの本件請求を認容すべきである。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

上告代理人脇田忠、同藤川成郎の上告理由

第一点 原判決は所得税法第五九条第一項の適用を誤り、遺留分減殺請求権の行使により法的効力を失った土地の遺贈につき同条所定の譲渡所得税の課税処分を認めたものである。本件の土地遺贈は遺留分権利者四名の遺留分減殺請求権行使により失効しているのに、原判決は、減殺請求について受遺者は土地の一部を返還することによってこれに応じたわけでなく、価額弁償によってこれを免れたのであるから本件遺贈による本件土地に係る譲渡所得には影響がないとして被上告人の処分を是認したのである(一審判決三二丁表)。このように現物返還の場合と価額弁償の場合とを別異に取扱う原判決は遺留分減殺請求の法的効果を誤解したものである。所得税法第五九条第一項一号の法人に対する遺贈は遺留分減殺請求権行使により失効した遺贈を含まない。遺留分減殺請求権行使の結果遺贈は失効し、遺贈の目的たる資産の所有権は相続により遺留分権利者に移転する。この場合いわゆる増加益に対する課税は行われないのである。

第二点 原判決は本件遺贈の目的たる土地の評価にあたりいわゆる貸家建付地である部分(「甲土地部分」といわれる)を更地として評価することを是認したもので(一審判決二八丁)、これまた所得税法第五九条第一項の適用を誤ったものである。本件では被相続人は遺贈の目的とした土地をその地上にある第三者に賃貸中の共同住宅と共に相続により取得したものであり、被相続人が相続による取得の翌年に右共同住宅をいわゆる居抜きで有限会社に譲渡したものであるが、右譲渡により土地が貸家建付地から更地に変わる理由はない。

第三点 原判決は民法第九〇二条の指定相続分及び国税通則法第五条第二項の解釈適用を誤ったものである。本件では被相続人中塚ヒサは遺言(<書証番号略>)により相続人中中塚史朗と中塚和朗を除く相続人らの相続分を零としたものである。原判決は相続分の指定とは遺産全体に対する「分数的割合」をもって相続分が表示されている場合をいうと解すべきであるというがそのように狭く解する理由はなく誤りである。その結果上告人らに対する過大な税負担割合を是認することとなっている。

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